困っています。

(文が乱れています。)

謎の自殺願望に悩まされています。
日常生活において、時々頭がぼーっとして、思考がぐるぐるとかき混ぜられたような感覚になる事があります。
「早く殺してくれ」と頭の中で呻き声が響くというか...言い表せないです。謎です。
突然焦り、不安を感じます。

以前はごく浅く手首を切ると、落ち着いていました。
今は母親に怒られるためそれをしていません。
母親には「神様から頂いた命を捨てるなんて最低だ、神様から頂いた体を傷付けるなんて感謝の心が足りない」と注意されるのです。
(宗教の人間ではありません。)

焦ってぐるぐるとなるとハサミを手にしてしまいますが、浅くても傷を見られると怒られるので切りません。

いじめを現在受けているわけでも無く、虐待を受けているわけでもなく。
話しかけてくれる人もたくさんいます。
恵まれた生活をしています。
しかし一方で、何かを相談できる相手が1人もいません。
母親から「みんな誰でも悩んでいる」「悲劇のヒロインぶるな」と言い聞かされ、
クラスメイトは皆、何かにつけて「死にたい」を連呼するので、
他人の方が自分より悩んでいるのかなと思い、相談するのが恐れ多いです。

最近は自嘲というか、一周回って愉快になってきました。清々しい気持ちというか。
穏やかです。
もう、少し疲れたし、もう良いかな、と手を離したくなります。

死んでは今までの学費が無駄になる、
死んでは家族に無駄なストレスを与える、
いじめられていないのに死んではいけない。
人生経験からも、恵まれた人間に自殺する権利はない、と教えられてきました。

上手くまとまりません、ごめんなさい。
このままで良い訳がないし、倫理的に「死んではいけない」というのは分かるんです。

過去にもこうなり、死ぬ事なく放っておくと治りました。
病院になんかいけません。母親にイライラされます。
甘えだ、意志が弱い、と怒られます。
しかも現在大学受験生です。
ただ、この頃また、頭がぐるぐるとします。

構ってちゃんではないんです、ただ、困っています。
どうすればよいでしょうか。
構成が変な文で、すみません。

西
コメント数 : 4
タイプ名 : 理想家
2017年7月29日 16時30分
パブルス
2017年7月30日 03時40分
タイプ名 : 芸術家

ふむ…とても不思議な現象ですね。
ただ、ちょっと混乱してしまいそうなので、いったん整理させてください。

西さんの現状を箇条書きに書きだすと…
 ・自分の意志とは別に、頭の中で謎の声がする
 ・手首を切ると精神的に安心できた
 ・何となく、焦りを感じている節がある
 ・親子関係は険悪になりつつある
 ・死ぬことは何となく悪い事と思っている
 ・どういう状況なのか理解できず、困っている
 ・とりわけ構って欲しいわけではない
ということでしょうかね?(※間違いがあったら指摘していただければと思いますm(_ _)m

これは何となくですが、状況を並べていくと…
現状、西さんは何らかの原因が引き金になって、焦りを常に抱えるようになってしまった。

そして、それがストレスになり幻聴が聞こえるようになってしまった。

原因がわからず精神的には参っているものの、死ぬことについては両親が止めるので迷惑になると思ってやっていない。

現状を打破すべく、相談をしにこの掲示板に書き込んだ。
って所な気がします。間違っていたらすみません…( ;-ω-)

で。
これからが本題ですが…
今回の件はまだどういう相談内容なのかはっきりしないですね…西さんのストレスの引き金になったことと、常に蓄積していたストレスに対しては内容もまだ不明ですのでその辺りは何とも言えませんし…

ただ、今現段階で言えることとしては、節々の価値観が西さんのお母様の基準になっている気がしますし、それで全てを判断しようとしている気がします。
個人的には、それは間違っていると思います。
西さんのお母様の基準で「西さんのお母様的に西さんが大変じゃないと思うから、西さんは大変ではありません」という理論はありえません。(理論というか、完全に屁理屈ですが…
なぜなら、西さんの苦痛や大変さは西さん本人しかわからず、例え家族であっても感情の共感はできても精神が感じた同じ痛みや苦しみなどを100%共通化するような機能は人間にはありませんし、どこでどういう風に判断するかの尺度も、西さんと西さんのお母様では全く違うものを持っているでしょう。(年齢の差もありますし…
ですので、その辺りは、西さんのお母様の基準や意見では無く、まず西さんがどう思っているのか、どうしたいのかを率直に記載してもらった方が良いです。
じゃないと西さんの基準が無い状態で話をしても、それが西さんにとってその選択が良い事なのか悪い事なのか、判断がつかないかと。

西
2017年7月30日 08時50分
タイプ名 : 理想家

<パブルスさん
コメントを下さり、ありがとうございます。
昨日は少し取り乱していて、混乱させてしまう文章を書いてしまいましたが、落ち着く事ができました。

どうでも良い話ですが、「自分について」書くようにしてみます。
驚く事に、母親の発言を基準にして全て考えていた事に、自分でも気付きませんでした。

生まれてすぐから、父親と母親は不仲でした。
家事を手伝わない、子供の教育に無関心な夫と、夜勤ありで仕事をしながらも教育熱心な妻です。
母親はいつも父の悪口を言っていました。
頭の良い母親は、私には「アンタはパパに似て頭が悪い」と言っていました。
今までの人生、「私は正しくあなたは間違っている」と言われて続けてきました。
あなたのためだから、と言われてされた説教、強制された多くの習い事...「必ず正しい母親」に逆らう事は不可能でした。
さらに言えば、母親に反対する感情は全て、間違ったものなのだと叩き込まれました。
その為か、私はストレスとは何かを知りません。
ストレスは、正しい事をしている人が努力して溜めた疲れの事であり、私が感じる様々な負の感情は、母親に失礼なただの怠け心だと思っています。
「私のストレスはストレスではない理論」と呼ぶことにします。
これがおそらく、昨日の文が全て母親の発言が基準になっている理由です。
このように母親に逆らわず、毎日習い事がある中、小学校の高学年になるとクラスメイトから軽い悪口を言われるようになりました。
その頃から、「私可哀想アピール」ではありませんが、生きる事の意味を感じなくなっていました。
月並みな言葉で言えば、私は母親の人形でした。
母親の強制で受けた中学受験に合格し、地元の悪口を言う人達から離れました。中高一貫校です。
やっと悪口がなくなったと思いました。
しかしこの進学先では、同じクラスに変な行動を頻繁に取る女の子がいました。
そしてその子は、入学してすぐに陰口を言われるようになりました。
私がターゲットではありませんが、どこに行っても他人は意地悪だ、とひどく落胆しました。
悪口の辛さが分かるので、その女の子を庇い続けました。
上の方に書いたように、「私のストレスはストレスではない理論」の圧力により、他人への相談は一切無しでやっていました。
彼女を庇い続けて3年後、高校1年生の時に、脳が上手く機能しなくなった事があります。今の状態と同じです。
「早く殺してくれ」という、幻聴なのか自分の感情なのかも分からない叫び声が脳内に響きます。鼓動が速くなり、息切れ、胸の圧迫感。
手の甲をシャーペンで刺し、抉るようになりました。痛いと、気が逸れました。
この、丁度いいタイミングで、母親が浮気をしている事を知ってしまいました。
手の甲シャーペン刺しは、手首カッター切りになりました。本当にごく浅いですが。
滲む血を見ると一時的に焦りが消えました。
しかし脳は故障し始め、砂嵐のようになりました。
例の理論により、何も、誰にも、言いませんでした。
周りの人の方が自分よりも苦労をしていると考えました。愚痴を吐いたら負けだと思いました。
母親は父親への不満とストレス、寂しさから、浮気をしたのでしょう。
母親は自分よりも辛いのです。私が母へ不満を抱く事が間違っているのです。
ある日、募る謎の焦燥感から、放課後に学校のゴミ捨て場から縄を持ち出し、深夜に家で首を吊りました。苦しくなって途中でやめてしまいましたが。
その後、手首の傷が母親にバレて、昨日の文の通りです。怒られました。
陰口を言われるあの女の子は、6年目の今も行動を何も変えず、陰口は続いています。
最近は、変わらない彼女に怒りを感じては、「これではいじめっ子と同じだ、自分は間違っている」と自分の怒りを否定し、を繰り返しています。
別の話ですが、クラスメイトでよく話をする別の女の子が、カウンセリングを受けている事を、今から2週間前に知りました。
私は勝手に、自分が他人に相談する事を禁じていたのですが...
その子がカウンセリングを受けているという事実に対して、苛立ちを感じては取り消し、をしています。
そして今に至ります。
受験勉強に手が付かず、焦っています。
今朝、布団の中で自分で首を圧迫していました、唾液と汗が吹き出して意識が薄れ、手足が痺れ、
母親の「もう起きなさ〜い」の一言で止めました。
ここまで長い文を、悲劇のヒロインアピールのような文を書いておいて「構ってちゃんアピールではありません」と書くのは、間違っているかもしれません。
しかし、脳が故障して、考え方が更に馬鹿になっているんです。
ただ「自殺してはいけない」「お金は無駄に出来ない」「親不孝はいけない」という道徳感で、生きています。
ごめんなさい、どうでも良い私の身の上話を長々と書いてしまいました。
正直、生きていたくありませんが、生きなければいけないので、ついにここにだけ相談することにしました。
精神面改善の方法を教えて頂けると助かります。すみません。
(嫌でしたらお返事しなくても大丈夫です。私一人の問題ですし!)

パブルス
2017年7月30日 15時38分
タイプ名 : 芸術家

なるほど、事情がだいぶ見えてきましたね。
あと、なんだか行き違いがあるようなので先に補足しておきます。
※西さんに負けず劣らず文字数が長いです…読み飛ばしてもらってもOKです。まとめきれず、すみません…orz

・構ってアピール
個人的に、西さんの事は構ってアピールだとそもそも思っていないですが…
別に私自身は構ってアピールでも構いませんし、そこについてはさほど問題視していません。(そもそも問題点はそこでは無いですし…
なぜなら、構ってアピールとは相手に自分を理解してほしい、認めて欲しいと思いっている方々が取る一種の会話手段だと思っているからです。特に構ってアピールしかしない方はその方法でしか会話が成り立たない、もしくはその手段しか知らない場合が多く、また自分自身に自信が無いことの現れでもあり、相手を使って認めてもらうことでまた自分も認められる、という一方的な依存関係にあります。
これの解決方法としては、2パターンあり、①別の会話方法を提示する。②自分自身に自信がつく具体的な何かをする。かと思います。
※一応、3つ目の選択肢として、③構ってアピールをする方に同調する、というものもありますが…そもそも構ってアピールをする方は自分と他人との劣等感によるギャップで苦しんでいる方であって、この方法は問題点に対する先延ばしをしただけで根本解決には至っていないと思います。なので再び構ってアピールをする可能性が高いので解決方法に含めていません。(③もとれる選択肢の一種だとは思いますが…構ってアピールをする方にどの方法を提示するのかは時と場合によるかと。
あと構ってアピールの方の特徴として、解決提案については否定的です。なぜなら、解決されてしまうと自分と相手との接点が無くなるような感覚に陥るからです。実際はそんなことは無いとは思いますが、自分に自信の無い方々はやはりそういう風に考えてしまうのかと思います。
なので、西さんの事は構ってアピールでは無いかと。(ついでに言えば親御さんの構ってアピールだと思っていることも、間違っていると思います。

・どうでもよいこと
西さんはどうやら何かにつけてご自身の事を「どうでも良い」と言う節があるようです。
これについては個人的な意見ですが、否定します。
私は西さん自身が思った事、自分自身の意見がどうでもよいことなどありないと思います。
なぜなら自分自身の人生を決めて日々を生きているのは自分自身の選択あってこそのこと。自分以外の相手の言葉はどんな場合でも選択肢における選択の決定を決める判断材料でしかなく、結局は自分自身で決定を下しているのです。
なので、西さんご自身の意見がどうでもよい、などということはありえません。もっと尊重されるべきかと思いますし、それは西さんの事を考える上では西さんの親御さんの意見よりも重要かと思います。

ただ、西さんの場合は親御さんが西さんの性格や判断を否定していた環境にあった為、認めにくいor認めてはダメだと思っている、という可能性がありますが、いかがでしょうか?
これの根本は価値観として、西さんの意見<西さんの親御さんの意見、という形式が歪ではあるものの、成り立っている関係にあると思います。
これの解決方法としては先も書いたように西さんご自身がご自身の意見をまずは尊重する、ということである程度解決できるかと。
あと、ついでに言っちゃえば、これは西さんの人生です。親御さんの人生ではありません。
「自分の人生だ、自分の意志を通して何が悪い?親御さんの意見は気に入らないから蹴って、自分自身の選択で生きるわ!」という選択をしてもありかとw(むしろそっちなら大いに応援しますし、もう西さんは判断のつかない小さいお子さんでもないですし、責任は自分自身でとれることが大半なので、自分自身で自分の人生の選択する、そうしていくものありかと思います。

・西さんのお母様の事
西さんの言葉から察するに、西さんのお母様の方は支配欲が大きいように思えます。
大抵、支配力が大きいのは仕事などの面で自分自身の地位が低い人に現れる傾向で、自分よりも下、もしくは低い地位にいる人間に向かって、自分自身が正しいと思わせる行動が特徴かと。
ただ、これは仕事などの面で西さんのお母様自身が精神的に押さえつけられている反動ともとれるので、もしかしたら仕事面などで悩みを抱えているかもしれません。(かといって西さんの人生を支配するのはどう見ても間違っている気がしますが…
これを解決する方法としては、1つは西さんが西さんのお母様と同等、もしくはそれよりも上の立場にあるということが示唆できれば支配の対象から外れます。一般的には反抗期、というものがこれに相当し、反抗期の手痛い反抗を得て親は子供の事を「子供」では無く、「一人の人間」として認識できるかと。
西さんの場合、これが無かったのかもしれません。
はっきり言えば親御さんはまだ子離れできていない状況で、子供に甘えている親、という関係ができてしまっているのかと。
あと、お母様がイライラする部分については、もはやお母様の中で想像の中での西さんと現実の西さんとのギャップについていけず、イライラしているのだと思いますが…これはもはや自分自身と他人が分かれている時点で仕方が無いことです。
そのために人間には言葉があり、相手にわかってもらうように言葉や態度を尽くし、理解してもらう努力をしなければならない事なので…その努力も無しにただただ想像と現実が違うからと怒ってくるのは、たとえ親子と言えど筋が違うかと…。
あとこれは西さんがお母様を察する能力云々の話では無く、そもそもお母様の頭の中にしかない想像(妄想)を説明をしていないお母様が悪いのです。

・ストレスの定義と正義について
西さんの場合、ストレスの定義が何かと天秤にかけて正しいかどうか…のようですし、今のところ、親御さんが正義ある、という定義があるようにお見受けします。
ただ、正義ということを定義する上での疑問ですが…そもそも正義とは何なのでしょうか?
例えばですが…
日本には死刑があり、はたから見れば人が人を一人殺す為のシステムです。倫理的には人が人を殺すのは悪い事ですし、悪なのでしょう。
ただ、死刑になるのは極悪人だ、ということになれば死刑=悪という認識も逆転し、死刑によって極悪人が減るので死刑=正義のようになるのでしょう。
つまり、正義とは見る人が持っている情報量/価値観によって変化する、とてもあやふやな主観です。
そのあやふやな主観で決まった西さんの仰る「私のストレスはストレスではない理論」というのは正しい判断なのでしょうか?
逆に、正義or悪の性質上、逆転も起こりうるので…親御さんの意見が全て悪だった場合、「西さんのストレスはストレスである理論」という理論がまかり通ることになりますが…
なので、私にはそもそもその理屈は破綻している気がしてなりません。そしてもしも西さんの理論が破綻しているのであれば、ストレスについては別の定義が必要になるかと思います。

一例として上げますが、私の場合のストレスという定義は善も悪も無く、ただ単純に自分が思い描く想像と現実の差による感情的な刺激、という風に思っています。(Wikiでは何等かの刺激、のようですが…
どんなことであっても人間は物事を予測し、先に備えようとする…ある意味性質のような能力を持っています。
その上で、自分自身が想像した未来とやってみた現実とのギャップが生まれ、それに伴う様々な感情(喜びや悲しみ、驚きなど…)が引き出される現象の事を端的に言葉にすると、ストレス、と表現していると思いってます。
そして、ストレスが大きい状態、というのは感情による振れ幅が大きく、平穏ではいられない状態かと。
通常、ストレスを感じたとしても時間経過と共に平穏な状態に戻っていくと思いますが、今現在、西さん自身が、常に平穏ではない精神状況であるのであれば、それはやはり大きくストレスを感じて、想像と現実とのギャップに苦しんでいる証拠なのでは?と思いました。

・女の子の事
これまた西さんの言葉から察するに、ですが…
たぶん、その女の子は自分自身の意見を変えるぐらいなら流されない方が良い、と判断している精神的な強さを持っている可能性があり、その強い部分が他の人には奇異に映るのではないでしょうか?または女の子は人よりも少し、優れている点がある可能性があるかと思います。
人間は、人よりも少しだけ優れている点を見ると足を引っ張りたくなるそうで…(日本人にはその傾向が特に強いらしいです…参考サイト:http://1000nichi.blog73.fc2.com/blog-entry-9142.html
その女の子はうまくその部分を隠さないといじめのターゲットであり続けるでしょう。ただ、だからと言って西さんの仰ることが必ず正解、というわけではありません。
西さんには西さんの思考と行動の原理があるように、人には人の考え方と行動原理が存在します。そしてそれは十人十色で一つの形で必ず正解、というわけでは無く、複数に正解があるかもしれません。
その中で女の子には女の子に適した正解が存在し、それは女の子が真の意味で納得できる理由なのでしょう。
なので女の子の考えを聞くべきかと。
カウンセリングを受けていることについても女の子自身には意味がある行動でしょうし、まずは女の子の意見を聞いて、その意見を女の子が背負う背景ごと理解し、その上で西さんが改善した方が良い、と思った部分を伝えるだけで良いかと。あとは女の子自身が女の子自体の人生の選択として自分で決めることかと思います。

さて、ようやく本題ですが…
上の事である程度整理できたかと思うので、問題点を列挙してみましょう。
 ・今まで、自分自身で決断していない。
 ・決断したとしても親御さんと意見が違う場合はその意見を捨てることに躊躇が無い
 ・ストレスが何なのかわからず、判断がつかない
 ・身体的な自傷行為
 ・精神的な弱みを口に出すことに抵抗を感じる
大体、問題点は5点かと。
次に、各問題点について細かく解決提案を出していきます。
西さんの中で考えてみて、気に入ったのであれば実践してみれば良いかと。
もしも気に入らない場合や疑問に思った場合は仰って頂ければ別の方法や考え方もあるかもしれませんので、また考えてみましょう。

 ・今まで、自分自身で決断していない。
 ・決断したとしても親御さんと意見が違う場合はその意見を捨てることに躊躇が無い
この二つについては今までのご経験上の話から、自分自身のことなのに決定権を持っていなかった、またはそのことについて疑問に思ったことが無かった事に起因していますが、上でも言っている通り、まずはご自身の意見を尊重してください。
解決するためにはまず、自分自身で考えて自分の意志で行動する必要あります。
これから先、順調に時が進めば西さんよりも西さんの親御さんの方が先にお亡くなりになるでしょう。その場合、今のままでは判断を仰ぐことはできません。
なので、どのみち必要になる技術であり、今の内から一人で立てるように、ある意味訓練のような事が必要かと思います。
最初は困ることが多いかもしれませんが、自分の事を自分で決めるというのはごく自然なことだと思います。
ただ、無理をする必要はありませんが、少しずつ、やってみるのはどうでしょうか?

 ・ストレスが何なのかわからず、判断がつかない
これについては前にもあげた通り、再検討する必要があるかと。
あと…正直に言えば、西さんのお母様が仰る、「ストレスとは正しい事をしている人が努力して溜めた疲れの事」という考え方は個人的に気に入りません。
正しい正しくないの問題と、努力の関係はそれぞれ別軸の考え方であり、正しく努力した人しか報われないなど…何かしらの間違いを犯した時点で人生が終わるようなゲーム的な考えはナンセンスかと。
人生は巻き戻せない代わりに、ある程度は取り戻しがききますし、間違いがあれば修正することもできます。また、遠回りをしたとしてもその人の人生の糧になることでしょう。(例えば大学も高校卒業してから即入るのではなく、時間を空けて金銭的余裕ができてから行く、という選択もありかと思います。
そんな人たちが正しい状態では無い、と誰が決める権利を持っているんでしょうか?正しくないと疲れてはいけないのでしょうか?
そこについては否定します。そんなことはありません。
人間、疲れるときは疲れ、走れるときは走れる。
時には何かに熱中し、全力を注ぐこともあるでしょう。疲れたら立ち止まり、羽休めをするでしょう。
それはごく生きている中では自然なことです。自然なことを個人の価値観で正しいor正しくない、を決めようとするのは意味が無いかと。
それに、ストレスが溜まっていない状態であれば、幻聴が聞こえるなどの現象はそもそも起きないですし、幻聴が現象として起きている理由に説得できる要素がありません。
…っと話がずれましたが、今一度、ストレスというものについて、お母様の意見以外の定義で再検討する必要があるかと思います。

 ・身体的な自傷行為
これについては…まぁ、親御さんにばれなければやって良いかと思います。
っというのも、たぶん西さんの深層意識的にはすでにストレスが限界に達しようとしている所であり、はけ口の一環としてやっていることかと。
今は不安定だからやっているだけで、これから先、うまく自分のやりたい事をやれるようになると自然と減っていくと思います。

 ・精神的な弱みを口に出すことに抵抗を感じる
これについては、たぶん西さんの性格上の話もあるかと思います。
ただ、先に言っておきますが…弱みを口に出したり吐き出したりするのは悪いことではありません。
人は自分という人間に対して、強さと弱さを容認して、ようやく一人の人間になれるのかと。
そして、強さしか見ずに弱さを知らないと、他人に対しても同じだけの強さを求め、結局嫌われるかもしれません。しかし、相手も自分と同じ人間だと思えば強い部分もあれば弱い部分もあるでしょう、そこを理解し、治せるようになったり、補ったりすればより良い人間関係が築けるようになると思います。
そういう意味で、自分もまた自分自身の弱みを理解する必要がある、または相手に理解してもらう必要があるのです。

あと、単純に強みしかない人間はある意味人間らしい側面が見れず、怖い印象を抱かれてしまうことがあります。なので、怖い印象は無いと示す為に相手に弱みを見せて親近感を出す場合や代わりにやってもらう手助けを要求する際にも使用する場合もあります。(単刀直入に言えば、私ができないことをやって欲しい、と相手にお願いする際に使っている事かと…

あと、これは余談ですが、西さんにとある寓話を読んでいただきたいと思いました。
「鎖につながれた象」
http://www.merkmal.biz/sample-guwa.html

っと、かなり長くつらつらと上げましたが、私自身は、西さんが現状を打破したいという気持ちはすごく尊重するに値することと思っています。
だからこそ、応援する意味も含めてコメントをしているので、今回は親御さんから言われても自分自身の意志や気持ちを捨てずにいることができるよう、西さんが変わることができるよう、遠い地より祈っています。
何かあれば気軽に訪ねてもらえばと思います~( 'ω')ノ

西
2017年8月1日 01時07分
タイプ名 : 理想家

<パブルスさん
再びのご返信、ありがとうございます。
自分の為にこうやって色々なことを言って貰えたのは、初めてでした。
様々な点で、思い込みや勘違いをしていたのかもしれないという事に、気がつくことが出来ました...
特に自分と他人(母親含め)は違うことについてや、ストレスとは何かについては、ちゃんと自分で考えてみようと思います。
実際に身の回りにいる人々に助けを求める方法は分からないので、もう暫くは自分で模索することにします。
大変勉強になりました。
本当にありがとうございました。